インフルエンザ

経過

・1/28
バイト前に出かけていたのだけれど、そこで咳が出始める。バイト中も咳が出るため、同僚に風邪薬をもらう。薬が溶けてあがってくる臭いが気になりつつ、いつものように通話しながら夜更かしをした。熱は37度近く。
<ここで体調不良が加速したと思われる。>

・1/29
やけに早く目が覚めて、熱を測ってみると37.7度。高熱に分類される域に到達。病院へいくも、発熱から24時間経過していないためインフルエンザの診断はされず、風邪薬を処方される。
症状は、発熱、寒気、関節痛、咳、のどの違和感。医師は「臨床的にはインフルエンザだ」と言っていたから、明日からの引きこもり期間にむけて数kgの買い物をして帰る。
<相当な体力を使ったため、ここでもまた体調不良が加速したと思われる。>
薬を飲んで寝てみたものの、熱は上がる一方。

・1/30
早く寝て治そうと思い0時に目瞑るも、1時半に起きてしまう。その後も長くて1時間半しか眠れない辛い時間が続く。熱を測ってみると、39.5度まであがっていた。ベッドから起き上がることもできず、冷えピタや氷枕もないため、つらさに襲われながらベッドの上で悲しむことしか出来なかった。
その日は雪が降っていて、さらに高熱すぎて一人で歩くこともできず、一人で病院まで行くことは不可能だった。
タクシーで病院に行くと、A型インフルエンザだった。病院に行っている間に友人が冷えピタや食糧を買ってくれた。
タミフルを飲んで、頭を冷やして気持よく寝られたあと、体温はどんどん下がっていった。

・1/31
眠れることがこんなにも幸せなことなのかと感動して起床した。重要人物がお見舞いに来てくれた。非常にリスキーだが。
身体は自在に動かせるようになったが、咳がよく出るようになる。喉の手前もそのせいで痛む。
その人が帰った後、大きくて粘り気が強い痰が喉と鼻の奥の間に留まってしまって、窒息した。しばらく息ができず、しかも焦ってしまうためかなり苦しかった。ポカリを飲んでなんとか落ち着かせたが、またいつ痰が上がってくるかという恐怖に怯えた。
窒息すると声も出せなくなって救急車も呼べなくなるため、その人に戻ってきてもらって、とりあえず一安心することができた。めちゃくちゃ白湯を飲んだりポカリを飲んだり、水分を多く摂った。
戻ってきてから1回、自分でやったボケに笑って痰が上がってきて窒息した。痰を出すやり方を調べてもらって、それに沿ってやったら、上に上がってきたが下に落ちていって、普通に声が出るようになり、痰も切れるようになった。
まだ痰は出てきているから、不安は消えないため、かなりリスキーだが、その人に泊まってもらい、安心した中で寝ることが出来た。

・2/1
痰の恐怖もなくなり、熱も平熱まで下がり、峠を越えた。

一人暮らしのインフルエンザは死を感じる

インフルエンザになるのは高校1年生ぶりのことだった。当時は実家に住んでいたため、母が看病してくれたから、インフルエンザそのものと戦うのみだった。しかし、一人暮らしをしていると、ご飯は自分でどうにかしなきゃでてこないし、つらくなったら耐えるしかないし、誰かに助けを請うことも容易くはない。インフルエンザに苦しむ自分を自分でどうにかしなきゃならない。

あと、インフルエンザは感染力が非常に高いため、家族の無償の愛があるような場合は除いて、他の人に接触しないように気をつけなきゃいけなくなる。だから、助けを請おうにも躊躇ってしまう。辛い中、更に孤独という辛さを味わわなきゃならない。1/30の朝は本当に精神的にもつらくて、ただただぼーっとするしかなかった。誰かと連絡を取れることで元気が復活していく感覚があった。それほどに辛かった。

今回、身近な人と健康のありがたさをこれでもかというほどに実感した。
看病してくれた人がいなければ最悪死んでいたかもしれない。窒息は本当に死を覚悟した……。特に重要人物さんは病弱なのにインフルエンザウイルスがたくさんある中来てくれて、感謝してもしきれない。潜伏期間を過ぎたけれど発症していないから、もう大丈夫そうだ。予防を徹底していたのが功を奏したそうだ。
あと、この1/29~2/1に予定が3つもあった。非常に楽しみにしていた予定ばかりだった。健康でないと、本当になにもできないなと思った。悔しくて仕方がなかった……。


2/5~2/7 の広島旅行までに完治することができるタイミングで罹ったのは良かった。明日からの旅行は存分に楽しむ。